In Conversation : KTYL × noise
生活と創作と遊び。
Text:Maruro Yamashita

先日stacksにて個展”LIGHT IN THE DARK”を開催したアーティストであるKTYL。そして、自身もアーティストとして活動しながら、stacksのスタッフとしても働いているnoise。旧知の間柄である二人は、どちらも音楽やスケートボード、DIYカルチャーを背景に、それぞれのスタイルで作品を発表してきています。 知り合ってから十年以上。展示やzine、ライブなど、互いの活動を近くで見てきた二人だが、その関係はアーティスト同士として始まったわけではなかった。 今回の対談では、二人が出会った頃のことから、絵を描き始めたきっかけ、そして2010年代のコミュニティについて、ゆっくり話を聞きました。
— 最初に二人が会ったのがいつかって覚えてます?
KTYL(以下、K) 全然覚えてないですね(笑)。
noise(以下、N) 名古屋でやってた「FELLAS IN TOWN」の一回目には二人ともいたんですよ。2012年くらい。でも、その時点ではもう友達になってるから、もっと前ですね。
K 14年とか15年前?
N 大阪で一緒によく遊んだ記憶はないから、多分僕が東京に来てからなんですかね。
— そのときってお互い絵を描いてる人として出会ってたんですか?
N いや、そういう訳ではなくて。僕、最初はカツヤくんが絵を描いてること自体知らなかったんですよ。当時は「YOUNG LIZARD」(注:KTYLが参加しているバンド)の印象しかなくて。ELMOとかが出るイベントによく遊びに行ってたからライブは観てたし、スケートをやってることも知ってて。でも、ある時「このマーチ描いてるのカツヤくんだよ」って教えてもらって。え、絵も描くんだ! って驚いたんですよね。バンドやって、スケートやって、そのうえ絵も描いてるんだ、って。
K 人に見せ始めたのは絵が一番最後なんですよね。描くこと自体は昔から好きだったけど、誰かに見せるつもりは全然なくて。たまたま描いたものを友達が「インスタに載せてみたら?」って言ってくれて。それをきっかけに、マーチの絵を描いてよって頼まれるようになった感じでした。

2023年5月、渋谷時代のstacksにて開催されたKTYLのExhibitionの風景。
— 人に見せる前と今とで、絵は変わりました?
K そんなに変わってないですね。子どもの頃からマンガみたいな絵は描いてたけど、ちゃんと意識して描くようになったのは、InstagramやTumblrが出てきて、世界中のアートワークを簡単に見られるようになってからなんです。それまでもバンドではMySpaceも使っていたし、Tumblrは見たりしていたんですけどね。
N 意外とInstagramなんだ。
K そうですね。あれが結構きっかけでした。
— noiseくんはどうですか?
N 僕も幼稚園くらいからずっと描いてました。でも、人に見せるようになったきっかけは、高校卒業前日に観に行った降神のライブですね。当時、降神のアートワークをやっていたONTODAさんに絵を見せるために持って行ったんです(笑)。そしたら「もっと人に見せた方がいいよ」って言われて。それから会う人会う人にファイルを見せるようになって。
美大にも専門学校にも行ってないので、とにかく外へ出て、人に会って、その場で絵を見せてたって感じですね。地元の奈良にはクラブもほとんどなかったから、大阪へ行って、ライブハウスやレコード屋で知り合った先輩たちにいろんな場所へ連れて行ってもらいました。で、「Newtone Records」の繋がりで東京のハウスのDJ、YAMADAtheGIANTさんと知り合って、MIX CDのジャケットを描かせてもらったんですよね。そこから大阪のDIYなクラブシーンと繋がって、自然とフライヤーとかを作り始めた感じです。
— コミュニケーションが先にあったんですね。
N そうなんですよね。絵が描けたから仕事になったというより、遊びに行って、人と会っていたら「じゃあ描いてみなよ」って言われるようになったっていう順番なんです。当時、そういうところに絵を描ける人が少なかったっていうこともあります。
K 自分もマーチとかの絵を描くようになったのは、友達のバンドに頼まれたのが切っ掛けですね。絵自体は好きだったから、小学生とか中学生くらいまではマンガっぽい感じで描いてました。あまり誰にも言ってないんですけど、実は学生の頃、自費出版の雑誌にマンガを描いていたこともあるんですよ(笑)。60〜70年代の日本のマンガが好きで、特に『ガロ』や初期のつげ義春をよく読んでたんですよ。で、『架空』っていう、『ガロ』をオマージュしたインディペンデント誌に声をかけてもらって。それが初めて人前に自分の絵を出したタイミングで。でも、それは今の活動と断絶してて、だから今の活動とはあまり繋がっていないんですが。
— カツヤくんの絵を見ていると、『ガロ』が好きだったという話はすごく納得できる気がします。
K それは嬉しいですね。やっぱり好きなものは自然と出て来るんだと思います。当時は佐々木マキさんとか林静一さんとか、実験的な漫画表現がすごく好きでした。
N それ聞くと腑に落ちますね。カツヤくんの絵って、なんでここ塗ってないんだろう? とか、なんでこういう構図なんだろうって思うことが結構あるんですよ。でもガロ的な解釈で見ると、一気に理解できるというか。
K 漫画って、基本的に白黒じゃないですか。ベタと余白、その空間の作り方が昔から好きなんですよね。

ktylが過去に発表したzine。
— 今でこそzineて凄い流行ってますけど、当時はもっと限られた人たちの文化でしたよね。個人的にはハードコアの界隈と近しいカルチャーのような印象がありました。
K ハードコアのzineって、どちらかというとファンジンなんですよね。好きなバンドを紹介したり、レビューが載ってたり。自分はプレイヤー側だったので、「いつかzineを作りたい」という憧れはあったけど、どうやって作ればいいのかも分からなかった。だから最初は、音楽をやるってことに集中してましたね。
N 僕は逆に、二十歳くらいからずっとzineを作ってました。東京へ遊びに来るなら、手土産があった方がいいかなって(笑)。ファイルで絵を見せても渡せないから、コピーしてzineにしようっていう感覚でした。多分最初、東京で渋谷ゆりさんのzineを買ったんですよね。zineていうものの存在はなんとなく知っていたけど、自分でも作ってみようと思ったのは、その辺りからだった気がします。
— 制作のスタンスは昔から変わってないですか?
K 最初は本当にメモ用紙とか紙の切れ端に描いてましたね。今はいろんな素材にも描くようになったけど、根本は変わらないですね。
N 最初に展示した時もそうだったもんね。フレームじゃなくて、本当にメモ紙をそのまま展示してて。
K 僕もnoiseくんも、美術に関して専門的な教育を受けてきたわけじゃないから、こう描くべきっていう感覚がないんですよね。正解が分からないバイブスを大事にしたくて。だから技術よりも、描いている時の感覚とか勢いは、そのまま残しておきたいと思ってます。

GROUP EXHIBITION “DAILY TOWN”より photo by 頭山ゆう紀
— 話を聞いていると、二人はアーティストになるという意識より、友達との遊びの中に絵を描くということがあったという感じがしますね。
N あの頃って、デザインできるならイベントのフライヤーのデザインをお願いみたいな感じで。誰かが企画して、誰かがDJやって、誰かが写真を撮って。役割分担が自然にあったんですよね。だからMacを買ったのもフライヤーを作るにはIllustratorやPhotoshopが必要らしいって聞いたからで(笑)。仕事のためじゃなくて、遊びありきでしたね。
K プロフェッショナルじゃないからこそ、っていうのはありますよね。友達から頼まれて、やってみて、それでまた次に繋がる。そういう流れの中で今まで続いてきた気がします。
N ずっとそんな感じなんですよ。友達と遊んでいただけなのに、気付いたら展示をやったり、デザインを頼まれたりしている。とてもありがたいとも思ってるんですけど、同時に、なんでこうなったんだろうっていう感情もあります(笑)。

noiseがKTYLを初めて展示に誘ったGROUP EXHIBITION”DAILY TOWN”のフライヤー。Flyer Design by Takashi Makabe
— 知り合った頃と比べると、お二人ともライフステージはかなり変わりましたよね。
K そうですね。自分はその時々で比重も変わります。展示があれば絵を描く時間が増えるし、バンドの時期もあるし。自分は結構、いろんなことをやって来たからできてるなっていうのもあるんで、いろんなことをやるっていうのは、大変だなって思う時もあるんですけど、それがスタイルになってるのかなって思うこともあります。
N 僕はもう、何をやってる人なのか自分でもよく分からないままここまで来た感じで(笑)。元々印刷会社で働いていて、その転勤で東京に来たんですけど、仕事が忙しすぎて。大阪にいた頃の方が友達と遊べてましたね。
K あの頃は本当に大変そうだったもんね。
N 毎日終電までっていうのが当たり前で、労基も二回来て(笑)。でも、それが普通なんだと思ってたんですよ。初めて正社員になった会社だったから、仕事ってこういうものなんだって感じで。その頃に最初の「DAILY TOWN」をやって、自分の給料とか生活が見えてきた時に、辞めてなんかしようかなって思ったんです。デザインやイラストの仕事も少しずつ増えてきていたけど、それでも専業ではなかった。今も、何か一つだけをやっていたいという感覚はあまりないですね。
— でも、その感覚の人って実はすごく多いですよね。
N そう思います。僕の周りも、正社員をやりながらDJをしてたり、バンドをやってたり、絵を描いてたり。美大や専門学校を出ていないからこそ、それが当たり前だったというか。生活して、仕事して、その合間に何かを作る。そういう人ばかりだったんです。だから、表現だけで食べていくみたいな発想自体が、あまり身近じゃなかった。
K ハードコアのシーンもまさにそうですね。音楽だけで生活できる人なんてほとんどいないから、みんな働きながら続けている。それが普通だったし、違和感もなかったです。
N 趣味とも少し違うんですよね。生活の一部というか、遊び方の一つというか。趣味って言葉だと、ちょっと違う気がする。Tシャツを作ったり、zineを作ったり、お金をもらうこともあるけど、それが目的じゃない。その延長線上に今がある感じです。

photo by 頭山ゆう紀
— カツヤくんは、音楽活動と絵を描くこと以外にも、いわゆる普通の仕事もしてますもんね。
N 家族がいて、犬もいて。普通の大人としての生活もちゃんとあるのに、その上でアメリカツアーまで行くんだからすごいですよ(笑)。風の噂で、朝4時に起きて絵を描いてるって聞いたことがあります。
K 朝だったり、夜だったり、休みの日だったり、描く時間はその時々ですけど、朝は早いですね(笑)。毎日描くわけではないけど、展示みたいにゴールがあると、そこへ向けて集中して描きます。
N 締め切りがあるのって大事です(笑)。個展は定期的にやってますよね。
K ありがたいことに、毎年どこかで展示に誘っていただけるので。続けていく中で、自分のやり方も少しずつ変わってきた気がします。
N 最初の頃はペン画が中心だったけど、最近はペインティングの作品が中心になってますよね。
K アクリルやガッシュを使うことが多くなりましたね。新しいことをやる方が面白くて。同じことを繰り返していると飽きちゃう。多分それはバンドも一緒で。曲も、前と同じものは作れない。だから自然と違う方向へ行きたくなるんです。

stacksが出版したKTYLのzine。それぞれ品切れ。
— 当時と現在とでは環境も大きく変わりましたよね。
N あの頃は、友達と遊んでる延長で展示をやったり、本を作ったりしてました。フライヤーが必要ならデザインするし、写真が必要なら撮れる人に頼む。そうやって、それぞれができることを持ち寄って、一つの場を作っていた。今思うと、不思議なくらい自然でしたね。
K 自分もnoiseくんにグループ展に誘ってもらってなかったら、今みたいに展示を続けていたか分からないです。友達に誘われたから、やってみようかなと思えて、そこから少しずつ続いてきたっていう感じなんですよね。
— 友人関係の中で生まれたものだったからこそ、続いているということもあるのかもしれませんね。二人がこれから先も変わらず続けていきたいと思うことってなんですか?
K やっぱり絵は描き続けたいですね。バンドもアルバムを出す予定なので、また海外へツアーにも行けたらと思っています。でも一番は、今みたいに自然と続けられることかな。無理をして続けるというより、「またやろうよ」と言われたら「いいね」と返せるような距離感で。
N 僕も同じですね。仕事になった部分もあるけど、始まりは全部遊びだった。zineを作るのも、展示をやるのも、友達と何かやるのも、全部楽しかったから続いてきた。だから今も、続けなきゃというより、また遊びたいという感覚の方が近いです。
K それが一番大きいかもしれないですね。楽しいから続いている。これからも、多分そうなんだと思います。