自然と街から生まれる<Field Ales>
若井真之介さんの作るビール
Text:Maruro Yamashita
Photo:Yumi Saito

長野駅から車で30分ほど走ると、景色はいつの間にか街から里山へと移り変わり信濃町に到着する。この自然と街の距離の近さは、長野という土地ならではの魅力なのかもしれない。その二つの場所を日々行き来しながらビールを醸造しているのが、信濃町に〈Field Ales Brewery〉(以下、<Field Ales>)を立ち上げ、長野市・善光寺門前には直営の「Field Ales PUB」をオープンさせた若井真之介さんだ。同じく長野の<志賀高原ビール>にて修行をした後に独立。現在は、平日は信濃町でビールを仕込み、週末はPUBのカウンターに立つ。自然と街。その両方を行き来する生活そのものが、<Field Ales>というブルワリーの輪郭になっている。PUBがオープンしたばかりのタイミングで長野を訪ね、若井さんが思い描くビールづくりについて話を聞きました。
— まず、ブルワリーとPUBを同時に始めようと思った理由から聞かせてください。
元々、ブルワリーは自然の中でやりたかったんです。田舎も好きだったし。でも、田舎だけじゃ違うというか、自然だけの生活は自分にはちょっと違うなとも思っていて。もう少し街と良い距離感で接続したいなと思ってたんで。あと、自分がPUBに立ちたいという気持ちもあったんですよね。ていうのも、顔が見えてないと誰のために作ってるのかがリアルに分からないっていうか、想像できなくて。もっとリアルで分かった方が、ビールにも反映できるだろうし、自分も面白いだろうなと思って。 だから、自然の中でビールを作って、街では自分がビールを注ぐ。その両方をやりたかったんです。
— PUBがオープンして、実際にお店に立ってみてどうでした?
すごく嬉しかったです。<志賀高原ビール>にいた頃もイベント出店はありましたけど、接客っていう意味ではそれくらいで。あとは高校生の時に「すき家」でバイトしていたくらい(笑)。だから飲食店で働くという経験がほとんどなくて、ビール作りとは全く違う疲れがありました。 でも、いろんな人が来てくれて嬉しかったですね。

今までは期待値がすごくあるのも感じていたし、社長(〈志賀高原ビール〉の社長である佐藤栄吾さん)の顔もあるのでコケられないし。もちろんビールはできていて、自信はあったんですけど、実際に反応を見るまでは少し不安もあって。 この数日営業してみて、2回、3回来てくれるお客さんもいて。そういうのを見ると、またビールを作ろうって思いました。PUBを作って良かったなと、今はすごく思っています。


— その「誰が飲んでいるかが見える」というのは、やっぱり大きいですか?
大きいですね。この規模のブルワリーだと、基本的には工場に張り付きになることも多いと思うんです。誰とも会えない、みたいな。それはちょっと嫌だったんですよ。 だったら、人が来られる場所としてPUBがあって、そこで面白い人と出会えたら良いんじゃないかと思って。

例えば、今は看板も段ボールで作っているんですけど、いつか看板屋さんが来て、「これ作りましょうか」みたいな話になったら面白いじゃないですか。そういう偶然も含めて、僕が面白い人たちと出会うことで、良いビールを作れる気がしているんです。

— 長野市や信濃町は、もともと縁があった場所なんですか?
長野市に関しては「bird」があったので、<志賀高原ビール>にいた頃からちょくちょく来ていました。友人も少しいて、「bird」で飲んで、街の感じはなんとなく知っていて。でも、信濃町は本当にはじめましてで、本当にゼロでした。 信濃町に住んでいるチュンさん(<yamatoumi>の瀬木さん)とか松澤さん(「FORET COFFEE」)もいたし、「bird」の麻子さんも信濃町を知っていたので、いろんな人を紹介してもらって、少しずつ馴染んでいる感じです。

— ブルワリーの場所は酒屋の「萬屋」さんの並びですよね。
そうです。「萬屋」さんとは前職のときから取引もあったので。「萬屋」さんにもいろんな人を紹介してもらいましたね。ただ、信濃町でやりたい! というこだわりがあったわけではないんです。本当にたまたま信濃町だったという感じで。 先にPUBの物件が決まって、そこから30分圏内でブルワリーの物件を探してたんです。それがたまたま信濃町だったという感じで。夏場は30分くらいで、冬場は雪があるので40分くらいかかるんですけどね。




— 物件は長野でって決めてたんですか?
いや、長野にこだわってたわけでもないんですよ。元々は2年くらい香川でも物件を探していました。香川にもそこそこ行っていましたね。 独立自体は、<志賀高原ビール>に入った頃から考えていました。自分ができる場所ってどこだろうなと、ずっと思っていて。僕は中学までは埼玉で、高校は水産高校で静岡に5年いて、その後は船にも乗っていたんですよ。それで、海も好きだから香川も良いよね、くらいの気持ちで探してて。でも、自分でブルワリーをやって食べていくとなると、もっとちゃんと考えないといけないなと思って。収支的なこともそうだし、一生の仕事にしていくなら、飽きないかとか、この場所で大丈夫かとか、土地も含めて満足できるところじゃないと絶対無理だなと。

地方都市にPUBを出すということは決めていたので、長野は県庁所在地でもあるし、ブルワリーもちょくちょくある。<志賀高原>にいた頃から飲みに行っていたので、なんとなく土地勘もあるし、友人もちらほらいる。そこにPUBの物件が空くという話がたまたま来て、タイミングかなと思って飛び込んだ感じです。そこからブルワリー名も決めていきました。

PUBの物件が決まったのが一昨年の11月くらいで。ブルワリーの場所はそこから30分圏内で、ある程度広さがあって、安い物件を探して。それで出てきたのが信濃町だったんです。

— ブルワリー名の〈Field Ales〉にはどういう思いが込められてるんですか?
長野の僕が好きなところって、自然と街が近いところなんです。長野市から信濃町に向かっていると、いきなり自然になるじゃないですか。逆に街に戻ると、また急に街になる。境目があるようで、ないような感じがあるんです。そういう自然と街のいろんな面を含めた長野を、一定のフィールドとして捉えて、その場所のビールを作りたいなと思って。基本的には僕のビールなので、自分が生活している場所で、自分が今飲みたいと思えるビールを作る。それに共感してくれたら、すごく嬉しいなという感じです。




それこそ<Yorocco Beer>ってローカルに根ざしていてすごく素敵だなと思っているんですけど、「ローカルビール」って言葉はよく使われるし、少し難しいなとも思っていて。ローカルって、もう少し狭い地域感のイメージがあるんです。自分がやりたいことは、それよりも少し自由で、でも長野の良さも含んでいるようなものにしたかった。ローカルに変わる言葉というわけではないんですけど、自分にとっては「フィールド」という言葉がしっくりきたんですよね。自然と街の両方があって、その間を行き来しながら生活している。その一定の領域の中で作るビール、という感覚です。 ー 信濃町と長野市という、二つの場所が有機的に作用したものなんですね。 そうですね。そうしながら作っていきたいです。全部同じ場所でやっているのとは違うと思います。定番も二つ考えていて、街のビールと田舎のビールというイメージなんです。

田舎のビールは、瓶だけにしています。こっちは本当に車社会ですし、東京みたいに飲み屋がたくさんあるわけでもない。だから、家飲みとか、友人の家へ遊びに行ったり、夫婦でゆっくり飲んだり、そういう田舎の遊び方ってあるし、それも好きなので。その時間に飲んで楽しめるビールとして、田舎のビールという位置付けの「Field Saison」を作っています。
— それは瓶だけなんですね。
PUBでは樽で出してますけど、それ以外は業務店は全部瓶です。ボトルコンディションしたSaisonで。逆に街のビールは、「Pint」という定番を設けていて。長野市に着いて一杯目に飲みたいビールというか、風呂上がりでもいいし、このあと別のお店へ行こうかなという時でもいいし、とにかくゴクゴク飲める。でも、水っぽくなくて、ちゃんと背骨があるような感じにしていて、誰でも好きなんじゃないかな、この感じみたいなのを。
— ラベルも全部ご自身で描かれているんですよね。
そうなんです。一つひとつ自分で描いています。若井だから「輪」でいいじゃん、って社長(先ほどと同じく、〈志賀高原ビール〉の社長である佐藤栄吾さん)によく言われていて(笑)。その時は「さすがにそのまますぎますよ」って思ってたんですけど、いつかどこかで回収したいなと考えていて。 それでラベルに輪っかを入れました。 ショーケースも、今はいろんなラベルが並んでいて賑やかなんですけど、シンプルな見え方にしたくて。志賀高原ビールでも、「赤いのちょうだい」とか、「黄色いのある?」って、お客さんが色で注文することがよくあるんですよ。昔は「ちゃんと名前あるのにな」と思っていたんですけど(笑)、今はそれがすごく良いなと思うようになりました。名前を覚えてもらうより、「今日は青を飲もうかな」くらい気軽に選んでもらえる。そんなビールになったら嬉しいですね。


— ボトルは530mlという、少し珍しいサイズですよね。
そうなんですよ。このサイズにした理由は二つあります。一つは味。もう一つは、飲まれるシーンです。味っていうのは、ボトルコンディションを絶対したかったんですよね。”Saison”はベルギーでも伝統的ですけど、ボトルコンディションしてるとやっぱ中盤から軽くなるのが好みで。”Saison”て香りもフルーティーだし、モタッとしてる印象も多いなってずっと思ってて、そこを軽くするのがボトルコンディションなんですよね。だから、まず瓶で出したかったんですけど、よくある750mlだと、少し多いなと思ってて。三、四人で集まる機会って、意外とそんなに多くないじゃないですか。だから、もっと気軽に開けられるサイズにしたくて、530ml。缶ていう選択肢ももちろんあったんですけど、ボトルって、食卓のシーンにすごく並べやすいと思うんですよね。週末に友人の家へ遊びに行く時でも、気軽に持って行けるじゃないですか。志賀高原も信濃町と同じくらい田舎なんですけど、暮らしていた頃にそういうことをよく感じていて。外食をする機会も少ないですし、自然と家で食事を囲む時間が増える。だからこそ、ボトルビールってそういうシーンにもすっと馴染みやすいと思うんです。

— ビールそのものだけじゃなくて、飲む時間のことも考えているんですね。
そうですね。誰と飲みたいかなっていうのは考えているかもしれません。もちろん、一人で飲むのも好きですけど、結局誰かと飲む時間が一番好きなんですよね。だから、このボトルもそうですし、自分がPUBに立つのもそうなんです。一人で来てくれた人も、僕と話せるじゃないですか。二人で来ても店にいる誰かと一緒に飲めばいいし。ボトルも誰かと分けあったりして。最高じゃないですか。常に「誰かと飲む」という状況にビールがあってほしいんです。

— 志賀高原ビールで過ごした時間は、今のビールにも繋がっていますか?
繋がっていますね。五年半働かせてもらって、本当にいろんなところへ連れて行ってもらいましたし、人との繋がりもたくさん作ってもらいました。今、自分が作っているビールも、どこか骨太なんですよね。軽いだけじゃない。そこは、やっぱり影響を受けていると思います。やっぱ好きなものってそんなに変わらないんだなって。自分で作るようになって、改めてそう思いました。
— 逆に、自分で始めたからこそ見えてきたこともあるんですかね?
ありますね。PUBを始めたことで、「誰が飲んでいるか」が見えるようになったことは、本当に大きかったです。ビールを作る理由が、毎週ちゃんと目の前にある。それは、自分にとってすごく幸せなことだなと思っています。

— ビールのラインナップはどんな予定ですか?
定番は切らさずに作り続けたいと思っていますけど、季節ごとに楽しみにしてもらえるビールも作りたいんです。
例えば、<Yorocco Beer>が毎年柚子のビールを出すじゃないですか。秋になったら黒いビールが来るぞ〜みたいな。季節の移り変わりを楽しみにできるビールって良いですよね。今は萬屋さんの紹介で米粉も手に入りそうですし、信濃町ではルバーブも採れるから使ってみたいですね。ただ、最初からフルーツを使ったビールばかりだと、自分たちがどんなブルワリーなのか伝わりにくい気がしたので、まずは”Pale Ale”や”Saison”を続けて、自分たちのスタンスをちゃんと知ってもらう。その後に、季節の素材を少しずつ取り入れていきたいと思っています。

— 長野市に住み始めて一年くらいになりますよね。暮らしてみて印象は変わりましたか?
変わりましたね。長野って経由地で、白馬へ行くとか、志賀高原へ行くとか、どこかへ向かう途中の街という印象だったんです。滞在っていう感じじゃないというか。でも住んでみると、街の流れみたいなものが見えてきました。このPUBが一軒目になってもいいし、ここで一杯飲んでから別のお店へ行ってもいい。もちろん、そのまま家へ帰ってもいい。そんな使われ方をしてくれたら嬉しいですね。気軽に立ち寄って、気軽に一杯飲んで、街へ出ていく。そんな場所になればいいなと思っています。

— 奥さんも、もうすぐ長野へ来られるんですよね。
はい。今年の七月に引っ越してくる予定です。今までは、夫婦なんですけど一緒には住んでいなかったんです。だから、<Field Ales>のビールも、自分が感じたことしか反映できなかった。これから一緒に暮らし始めたら、生活のリズムも全然変わると思うんです。そうしたら、ビールも変わると思っています。 夫婦で過ごす時間も増えるし、今までより少し上の世代にも共感してもらえるようなビールができるかもしれない。もし子どもが生まれたら、また変わるでしょうし。そうやって、自分の生活と一緒にビールも成長していけばいいなと思っています。
— つまり、生活そのものがビールに反映されていくと。
そうですね。僕は仕事と生活を、ほとんど同義語にしたいと思っているんです。切り分けるというより、一緒にしていきたい。生活が変われば、飲みたいビールも変わるし、作るビールも変わってくるだろうし。僕の成長と共に一緒に成長していけたらなって思ってます。

長野という土地を選んだというより、その土地で暮らすことを選んだ。自然の中でビールを仕込み、街へ戻って人と会い、また翌日には山あいの工場へ向かう。誰と飲むのか。どんな時間に飲むのか。その日どんな暮らしをしていたのか。若井さんにとってビールを作るということは、それらすべてを含めた営みなのだろう。
「仕事と生活をほとんど同義語にしたい。」
インタビューの最後に聞いたその言葉は、<Field Ales>というブルワリーのこれからを、一番端的に表しているように思えた。