自分たちが飲みたいビールを作る。
〈志賀高原ビール〉佐藤栄吾の過ごした20余年という時間

Text:Maruro Yamashita Photo:Yumi Saito
MARCH 14 2026 | 

<志賀高原ビール>を製造・販売する、1805年創業の老舗酒蔵である<玉村本店>は長野県の山ノ内町という、共同浴場が点在する山の中にある。
自分たちがそこを訪れたのは25年12月のはじめ。既にあたりには雪が。この場所で20余年、<志賀高原ビール>は拡大だけを目標にせず、自分たちが作りたいお酒、飲みたいお酒を作り続けてきた。<玉村本店>の社長であり、現在も<志賀高原ビール>の醸造責任者である佐藤栄吾さんは、それをダンゴムシのように行き当たりばったりだったと言う。
壁に当たったら曲がる。ただそれだけ。
結果として生まれたのは、音楽とビールを楽しむフェス “SNOW MONKEY BEER LIVE”をはじめとする、ビールを起点にした人とのつながり。そして、いまも続く実験の時間でした。

― まずは初っ端から大きい質問ではあるんですけど、2024年に<志賀高原ビール>が20周年を迎えたということで、現在の心境と言いますか、率直な気持ちを伺えますか?

楽しかったですね(笑)。最初は、ビールを作ったら面白いんじゃない? ぐらいで始めて。当時作っていたのは、Pale ale、IPA、Porter。いまだにずっと同じのを作ってますね。結果的にいろんなビールを作ることになったし。ビールがきっかけでいろんな人に出会えたし。それは単純にビールだけじゃなくて、もちろんお客さんもそうだし。音楽とか、アートを通して会う人も含めて。色んな人と繋がれて楽しかったなと思いますね。

― 栄吾さんはご実家が造り酒屋の<玉村本店>なわけですが、ビール作りを始める前、栄吾さんにとってビールはどのようなものだったんでしょう? 普通に好きなお酒の1種ぐらいな感じだったのか。

そうですね。ニューヨークに住んでいたこともあるんですが、そのときもアメリカ以外のビールって、メキシコの<コロナ>とか、ドイツの<ベックス>だとか、いわゆる普通のしかなくて。もう西海岸ではクラフトビールの動きはあったかもしれないタイミングなんですけど、そんなに飲んでなかったんですよ。でも、ビール自体は、大学生になって、東京行って、普通にラーメン食いながら、お昼からビール飲んじゃった! 大人になった! みたいなとこから普通に好きで。1番飲んでたのはやっぱり結局ビールだったから、家業に戻ってきて何やろうっていったときに、クラフトビールは色んな種類があるし、飲み始めたら面白かったんですよね。今始める方って、皆さんもうビールに対する知識がある状態で始めるじゃないですか。

― 確かに。しっかり勉強されてから始める方が多いですよね。

そういう感じではなかったですね。


― 話が前後してしまうんですが、<玉村本店>に入るまでの栄吾さんの歩みについても、改めて伺ってもよろしいでしょうか。

元々、大学卒業してストレートに入った訳ではないんですよ。自分は兄弟がいないので、子供の頃から、お前が継ぐだろって当たり前のように周りから言われていてて。それが凄く嫌だったんですよね。でも不思議なことに、親からは継げと言われたことはなくて。大学は山下さんのライバル校、慶應大学を卒業しまして、外資系企業ならお給料も良さそうで、ちゃんと稼げば家業に戻れと言われたときに対抗できるなってことで<ゴールドマンサックス>に入って。ニューヨークに行ったりしながら、合計12年働きました。まだ今みたいに有名じゃなかったけど、いろんな経験させてもらいました。

― それはとても大きな糧になりそうですね。

そうですね。周りの優秀な連中にも出会えたし。けど、最初はお金を稼いでいるというよりも、教えてもらっているという感じだったのが、仕事も覚えてきて、お金をどう稼いでいくかってことになって来たら、別にこれをずっとやりたい訳じゃないんだよなと思って、取り敢えず辞めて。
半年くらいぶらぶらしてたら、新聞に「ユニクロ 幹部社員求む」みたいな広告が出ていたんですよ。

― <ユニクロ>は今でも新聞広告を活用した採用活動をされていますもんね。

当時は全然知らなくて。それで、環八沿いの『ユニクロ』に行ってみたら、行列が出来てて。実際に着れる服だけど、なんでこんなに安いの? と思って、興味が湧いて。柳井さんに会ってみたくて履歴書を送ってみたんです。
そしたら、面接が柳井さんと、玉塚さんていう現<ロッテ>の社長で、入社することになって。最初、インターネットとかカタログ通販の部署の責任者をいきなりやらせてもらって。一緒にやってたのが今の<GU>の社長の柚木くんですね。それを1年やったくらいで、<ユニクロ>がフリース50色展開して大ブームになった後にガンと落ちたんですよ。で、これはいけませんと。会社の新しい方向性を考える部署を作るので佐藤君やってくださいって言われて、営業戦略企画部長になり。そこで半年やってたら、今度マーケティングをやりなさいってことで、マーケティングを1年間やって。そしたら、ロンドンに行ってた玉塚さんが戻ってきて、社長になるということになったので、辞めさせてもらって。

― そろそろ家業に戻ろうと考えていたタイミングだったんですか?

そうですね。37歳くらいだったのかな。深く考えていた訳ではないけど、サラリーマンにも少し飽きたし、そのまま<ユニクロ>で偉くなろうとも思わなかったし。それで、東京に住んだまま行ったり来たりの生活を半年くらいしてから<玉村本店>に入りました。

― なるほど。<ユニクロ>での経験もまた、とても貴重なものになっていそうですね。

本当にそう思います。柳井さんの商売だったり、マーケティングのことなんかも勉強させてもらえたので。



― <玉村本店>に入ってすぐ、ビール造りを始めようと決められたんですか?

そうですね。いざ、何をしようかなと考えていた時に、ビールは好きだし、そういえば地ビールってあったよなと思って。会社では大手さんのビールを旅館に卸もしていたから、その量の4分の1を自分で作ったビールに置き換えられれば、発泡酒じゃなくてビールの酒造免許も取れそうだったので、じゃあやってみようかと。でも、勉強しようとしても日本語の資料はチャーリー・パパジアンの『自分でビールを造る本』っていう本しかなくて。それを読んだり、アメリカのホームブルー文化の本を片っ端から読み漁りました。第一次地ビールブームが下火になり設備が余っていたタイミングだったので、運良く新潟の設備屋さんから中古の醸造設備も買うことができ。

― 地ビール全盛期にはこのエリアにもブルワリーはあったんですか?

なかったですね。当時の地ビールって、多くがドイツスタイルのラガーやバイツェン、ケルシュばかりで、値段は日本の大手ビールの倍で、味は良くて同じくらいで、大体はまずい。アメリカにはIPAやポーターみたいなスタイルがあって、日本の今の食生活にも合うはずなのに、国内には全然ない。例えば肉を食べた時にホップの苦味で油を流す、そういう飲み方は成立するし、自分だったらこういうビールを飲みたいと思って。当時の地ビールって500円くらいだったんですけど、逆算してみると350円でいけるんじゃない? という計算になって。しかも自分で作って、自分で売るわけだから、なおさら実現できるなと。

― 確かに、日本の食生活もどんどん変わっていますもんね。

毎日旅館の朝ごはんみたいな、味噌汁と鯵の干物みたいなものを食べてる訳じゃないから、IPAも日本の食事に合うと思って。だから、食事と合わせるというのがその頃から前提にあるんですよね。

― なるほど! 栄吾さんは食中酒としてのビールという在り方を意識されていたり、音楽とビールを絡めたイベントを開催されていたりと、ビール単体ではない、文化的なものとしてビールと向き合われているのかな? と思うのですが。その辺りいかがですか?

文化にしようと意識しているわけじゃないんですが、そもそも酒の商売って儲からないし、大きくなればいいというものでもない気がするんです。インディーで大好きだったミュージシャンがメジャー契約して、タイアップし始めると「毒が抜けた?」と感じたりするようなことってあるじゃないですか。そういう意味でも、自分が好きなことを適正な規模で続けられることが大事だと思っていて。儲けること自体にはあまり興味も得意さもないけれど、好きなことを続けているうちに音楽イベントにつながったり、アーティストに絵を描いてもらったりと、自然と広がってきた感覚があります。意識的に“文化”を作ろうとしたわけじゃないけれど、嗜好品という性質上、結果的にそういう文化的なものになっていくのかもしれません。

― 昨年には<志賀高原ビール>の20周年を記念した書籍『SHIGA KOGEN BEER 20th Anniversary』も出版されました。stacksでも取り扱わせてもらっていますが、とても素晴らしい一冊でした。ご自身できちんと書籍という形にされているのが、ある種、文化的使命というか、歴史を語り継ぐことの意義みたいなものを、栄吾さんが自覚的だからこそやられてることなのかなって思うんですよね。

そんなたいそうなことは考えてなくて(笑)。簡単なZINEでも作れればいいかなくらいの気持ちだったんですよ。娘に作ってもらおうかなと思っていたくらいで。でも、みんなで何を載せたい? と話していたら、あれもこれもってどんどん広がっていって。せっかく20周年なんだからアメリカにも行きましょうよなんて話が出て、じゃあそれも載せよう、あの人にも会いに行きたいねみたいな感じで積み重なっていった結果、ああいう形になりました。

― 自然と広がっていったんですね。

そうですね。最初に言った通り、そもそも<志賀高原ビール>もここまでの形になるなんて全く想像していませんでした。例えば柳井正さんのような“正しい経営者”は、上場前から何十年後の店舗数や売上まで逆算して計画を立てるけれど、僕にはいつまで経ってもそれができなくて。
大学の授業で印象に残っているダンゴムシについての課題があって、シャーレに放したダンゴムシが紙に当たるたびに左右へ曲がる。それを文章にするっていう授業だったんですが、「壁が近づいたから右に曲がった」と意図を勝手に説明すると「なんでダンゴムシの気持ちがわかるんだ」と指摘される。実際には左の触覚が先に当たったから曲がったというだけの話で。自分はまさにそのダンゴムシのタイプで、10年後をイメージして逆算するってことが全然できなくて。ずっとダンゴムシのように、こっちに当たったからこっちに曲がってというようにやってきただけなんです。

― その時々の課題を解決しながらというか。

うん。あとは、こっちの方が面白そうだなとか。本当に単にそれだけです。ミッションとか野望とか、そういうのが全然ないんですよ。

― それは最初から変わらない部分なんでしょうか?

多分。面白いことは知りたいし、嫌なことはしたくない。でももちろん、会社として最低限の売上は必要で、社員もいるからそこは責任としてやります。ただ、これをやればもっと大きくなるという考えに、あまり興味が持てないんです。本当にそれが自分たちのやるべきことなのかと疑ってしまう。
例えば「缶にしたらもっと売れる」と言われても、そうしたら忙しくなり過ぎて農業ができなくなり、今やっていることが薄まってしまうのではないか。自分の手で全部作れなくなった時に、他の人に任せるうちに感覚が鈍ってしまうのではないか。そんなことを考えてしまうんですよ。




― 最近、お酒の楽しみ方を文化、カルチャー的なものとして捉える人が増えてきた気がします。そうした変化を、栄吾さんも感じたりしますか?

そうですね。自分はこれまで、ご飯に合わせてどう飲むかばかり考えてきたけれど、最近は、この店でビール飲んで、次はここでご飯食べて、そのあとはワインを飲んでという感じで、誰とどこでどんな時間を過ごすかという、時間の使い方そのものを楽しむ人がすごく増えたと感じています。それは自分にはなかった感覚なので、否定する気もなく、むしろ素敵だなと思って見ています。
でも、その流れの中で飲まれているビールが、オーソドックスなビールに戻ってきている感じがあって。かつてはビールがワインやウイスキーを意識して、食前酒から食後まで全部カバーするぞ! という時代もあったけれど、今はそうじゃなくて、軽いラガーやファームハウスエールのような、いい時間を作るためのビールが選ばれている。それを見て、なるほどな… とも思うんですよね。
自分のビールも結果的にそういう方向性のもあるけど、意識して作ってきたわけではなくて。羨ましさもあるし、面白いと感じる部分もある一方で、結局みんなビールに戻るんだなという気持ちもあって。そこにちょっと反抗心みたいなものもあります。

― 反抗心ですか。

結局突き詰めると、ビールって飲みやすくて、一杯目に選ばれるお酒というポジションに落ち着いてしまうのかもしれない。そう考えると、本当はいろんなスタイルがあるのに、またそこに戻っていく感じが少し寂しい気がするんです。一方で、一杯で満足できる甘いスタイルのものみたいなのも今は流行っているけれど、僕は正直まったく興味がない。でも、それで満足する人がいるのも理解できる。ただ、“カルチャー”としてお酒を語る人たちは、必ずしもそういうインパクトだけを求めるんじゃなくて、作り手を好きだったり、オーセンティックなものづくりを評価していたり、原料へのこだわりを大事にしていたり、そういう真面目さも持っているから、そこには自分も共感していて、大好きなんです。でも同時に、ビールが結局“一杯目”に戻っていくことへの寂しさもある。そういう両方の気持ちがあって。

― それこそ、栄吾さんの作られている『山伏』ってただの一杯目のためのお酒ではないですよね。いつ飲んでも美味しくて、ビールはラガーしか知らないような友人に飲ませても、「これってビールなの?」と驚きながらも、とても美味しいと言ってくれるんですよ。そういう反応って、栄吾さん的にはどう感じているんですか?

嬉しいですよ。クラフトビールの定義はなんだとか、いつもSNSで大論争になるけど、正直どうでもよくて。ビールはビールだと思うんです。『山伏』がワインっぽくても、ビールっぽくても、美味しければそれでいい。そういう感覚で飲んで欲しくて。同じ2000円の飲み物でも、その場や食事に合っていればワインじゃなくてもいいし、ワインが4000円、6000円する場面で「このビールがベストだ」と感じてもらえたらそれはすごく嬉しい。コスパの話をしているわけではなくて、そのシーンに合っているかどうかなんです。
ただ実際には、自分はウイスキー派、ワイン派、日本酒しか飲まない、ビールはこういうタイミングだけとか。そうやって、飲み物の間に大きな壁を作ってしまう人って凄い多いんですよ。その壁を越えて飲んで欲しいからこそ、「ビールじゃないみたいだけど美味しいね」と言われるのはすごく嬉しいですね。

もちろん、飲み物には知識や知的好奇心があるからこそ面白い側面もある。でも本当は、もっとシンプルにその場に合うものを楽しむだけで良いはずで、そうした壁はなかなか簡単には壊れないなとも感じています。

― 確かにそういう壁はありますよね。美味しいお酒ならなんでも好き! という人もいますけど、少数派です。stacksはお酒に興味はあるけど詳しくないというお客さんが多いからこそ、ジャンルの壁を気にせずに、「OXBOW」の瓶ビールやワインを並列なものとして美味しく飲んでくださるような方が多いのかなって思いました。

そういう風になって欲しいんですよ。stacksさんはこのジャンルの本しか置いていないとかじゃなくて、たまたま展示を観に行ったら、面白そうな小説を見つけて買てっみたら凄い面白かった! とか。そういうのが凄い良いと思うんですよね。

― それはまさにstacksとしてやりたいことですね。自分が良いと思ったり、好きなものを置いてるので、何かのついでに手に取って欲しいし、試してもらいたいんですよね。

ものすごく勉強していて、自分よりはるかに知識のある人がたくさんいるのは事実で、それ自体は本当にリスペクトしています。ベルギーのランビックでも、Hazyのフレッシュな輸入ビールでも、その分野を極めている人はたくさんいる。でも、そこで止まってしまうのは少しもったいないとも感じるし、なぜそうなってしまうのか不思議でもあるんです。
例えば音楽の聴き方で言うと、<BIG LOVE RECORDS>の仲さんの影響もあって、常に新しいものを探して聴いてきました。ジャンルにこだわりはなくて、ジャズも好きだし、プレイリストにはクラシックも入るし、ヒップホップも詳しいわけじゃないけど、好きなものは自然と入ってくる。かなり雑多で自由な聴き方だと思います。
だからこそ、ジャンルに縛られず、新しいものに興味を持てる人がもっと増えたらいいなと思っているし、stacksさんはまさにそういう空気を持ったお店ですよね。だから、こうして話ができるのは素直に嬉しいですね。


ビール業界の中ではうちなんか中途半端に大きくて、昔からいる古い伝統的なクラフトブルワリーとして見られているかもしれない、という感覚があって、それは正直すごく嫌なんです。年を重ねていても、気持ちは常に一番新しいところと張り合っていたくて。
自分たちの周りから新しいブルワリーが次々に生まれているのは嬉しいことだし、全部が自分たちの影響だとは思っていないけれど、負けたくないって思うんですよ。勝ち負けの定義は曖昧だけれど、新しいものを作る人たちと同じフィールドに立ち続けたい、という思いなんです。

― 栄吾さんは今のクラフトビールのシーンについてどうお考えですか?

単純に、いまはブルワリーやビールが増え過ぎてますよね。増えること自体は悪くないし、美味しいビールがあるという認識が広がったからこそだと思う。ただ、今日初めてドラフトビールを飲むっていう人が、美味しくないものに当たる確率が下手をすると半分くらいある状況は、少し心配でもあります。全体像が見えにくくなって、敷居の高いものになってしまうのも嫌だなと。
ビールを選ぶ上で大事な要素ってのは、結局は値段と美味いかどうか。不味くて高いものは論外。その上で、好みに合うかどうかが最低限のラインだと思っています。さらにそこから選ばれるためには、面白さやかっこよさ、ラベルやデザイン、ストーリーも大事になってくる。自分たちは味や価格はもちろん、原料やデザインなど全てにこだわっているつもりだし、今はその全部を揃えないと生き残れないと思っています。


ただ、どんなブームも、一度行き過ぎても以前よりは小さくはならないんですよ。ワインも焼酎もそうだったように、今は少し我慢の時期かもしれないけれど、良いものは確実に良くなっているし、その中でちゃんと選ばれれば良いなって。もちろん、我慢している間も何もしないのではなく、その時なりに面白いことを続けていく必要があると思っています。
ずっと業界を見ていて、海外の大御所たちとも同じ時代を過ごしてきましたし、一緒にビールを作ったり、今も友達だったりするけど、やっぱり途中で心が折れたり、興味を失ってしまう人も少なくなくて。

― 大企業に会社を売却したりというようなブルワリーもありますもんね。

売り抜けたり、もうクラフトビールの業界の限界が見えたから閉めちゃおうみたいになったりね。もちろん、僕もどこかで興味を失くしたらそうなるかもしれないんだけど、意外とまだまだ作りたいものがなくならないんですよ。


ベルギーのランビックとかも今すごい落ちてるし、アメリカの結局サワーのブランドもどんどん辞めてっちゃってる。本当にリスペクトする連中も、この間会いに行ったら「もう今そういうの売れないから作ってないんだよ。減らしたんだよ。」って。実際樽の数も減ってて、すごい寂しかったですね。
でも冷静に考えると、売れなかったっていうのも、ワインみたいなものを作りたかったけど、その値段とその味とその酸味とのバランスをみたら、ワインラバーはワイン飲むし、ビールラバーにとってもビールじゃないし、みたいになっちゃったんじゃないのとか思うわけですよ。だとしたら、飲まないお前らが悪いんだじゃなくて、もうちょっといろんなシーンで飲めるサワーとかを作る余地もあるんじゃないかって思ったり。



あと、今一番興味があるのはブレンドなんです。ブレンドすることで酸や味わいを調整してあげて、もっといろんなシーンで合うものを作る。それでもやっぱりお酒のカテゴリーの固定観念に邪魔されるかもしれないけど、そこを超えられるんだったら面白いですよね。樽に寝かせてるのがたくさんあるので、あれをブレンドに活かそうとしたら、凄い選択肢になるので。

― 一朝一夕で出来あがるものじゃないですもんね。

そうなんですよ。自分たちが面白がってやっていたことが、なかなか他の人が真似出来ない武器になっていたんです。
それを更に自分たちのやりたいこと、自分たちが飲みたいお酒を作るために活かせるのは、ワクワクしますよ。まだ全然酒作ってて楽しいんですよね(笑)。

志賀高原ビール – SHIGA KOGEN BEER 20th Anniversary / ¥3,520(税込)

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