まぐろを、日常へ
城ヶ島「FISHSTAND」のはじまり
Text:Maruro Yamashita Photo:Yumi Saito
神奈川県の三浦半島の先端、城ヶ島。観光地のきらびやかさではなく、古き良きローカルな空気を感じさせる漁港の対岸に「FISHSTAND」はあります。ここで扱われているのは、刺身でも、一般的な土産ものでもない“まぐろ”。都内から三浦へ移り住み、パートナーの家業であったまぐろと向き合い直した石橋悠さんは、自分が本当に食べたいと思える形で、まぐろを日常へ引き寄せようとしてきました。“まぐろコンフィ“から始まったその試みは、食だけでなく、仕事や暮らしのあり方にも静かな変化をもたらしています。城ヶ島という場所で生まれた「FISHSTAND」という営みについて、石橋さんに話を伺いました。
― 石橋さんが「FISHSTAND」をスタートされるまでのことを教えて頂けますか。
元々都内に住んで仕事していて、今の二代目社長の夫と結婚して、三浦に引っ越してきました。専業主婦として子供を育てていたときに、三浦の食の環境の素晴らしさを感じたんです。魚は美味しいし、野菜も産直で手に入る。そこで初めて料理することの楽しさみたいなことを感じながら子育てをしていたんですけど、だんだんと、自社のまぐろで本当に美味しい加工品を作りたいと思うようになって。(バックグラウンドの嫁ぎ先は三浦三崎港を拠点とする50年以上続くまぐろ専門の卸問屋、三崎恵水産)夫も先見の明を持って新しいことをするのが好きな人だったので、自社のまぐろで最高に美味しいツナを作ろう!と「FISHSTAND」が始まったというのがスタートですね。
― 「FISHSTAND」を始める前から食関係の仕事をされていたんですか?
いや、全然違っていて。メディアとか制作系の現場にいたんです。ものづくりは大好きでした。“食”に関しては、学生のときの飲食店のアルバイトとか、高校生のときのケーキ屋さんとか(笑)。本当にそういう感じでしかなくて。でも、料理は結婚してから好きになったので半分独学のような感じで。子育てが落ち着いて仕事をするなら食に関する仕事をしたいなって、漠然と思っていたんですよね。そのための下準備も少しづつしながら、そうしたら、あれよあれよという間に。そういえば夫の会社ではまぐろを扱ってるんだという感じで(笑)。そこから、漠然とした“食”から、まぐろをテーマに考えるようになりました。

“まぐろコンフィ”という商品企画が最初にできて、当時は時間もあったので1、2年かけて大事に商品開発をしました。パッケージとかネーミングとか、どういう企画で売ろうかとかをデザイナーさんとじっくり話し合って。とても良い時間でした。商品のレシピや製造工程は、同じ城ヶ島にある「神奈川県水産技術センター」と一緒に行いました。商品が出来上がって、そこから私の方でプロデュースと製造と、その次の商品の開発とか、まぁいわゆる全部の仕事をやっていって(笑)。で、いよいよ子供が年少さんになるタイミングで、城ヶ島内の保育園に預けて、社員として会社に入り事業立ち上げに至るという感じですね。

今は加工などスタッフに任せていますが、最初は全部自分で仕込みをして、作って、葉山とか鎌倉のマーケットで手売りしてみたいな(笑)。そういうところから始まっていて。


― 始まりはお客様に直接届けるというスタイルだったんですね。
こちらから卸の営業もしていなかったので、見つけてくださってお問い合わせいただいたお店にだけ卸させてもらっていて。でも、“まぐろコンフィ”を手売りしていたとき、とても反響が良かったんです。その中にはやっぱり刺身用のまぐろも買いたいなっていうお客様もいてくれて。

オンラインショップは元々あったんですが、一昔前の雰囲気のweb shopだったので、“まぐろコンフィ”を気に入ってくれたお客様に、メインビジネスである刺身まぐろもあらためて買ってもらえるようなブランドサイトを作ろうということで、一年位準備をして。その当時、大学の後輩が葉山に住んでいたので、二人三脚で3年くらい手伝ってもらって。そうやっていくなかで、加工食品が“まぐろコンフィ“の一種類だけだと絶対店舗に置いてもらえないだろうということで、カジキとか鯖などのラインナップも増やしていきました。



― 自然な形で、だんだんと今の在り方になってきたんですね。
そうですね、元々始めた当初は…10年近く前ですけど、今でこそ当たり前に添加物なしのものが手に入るけど、昔ってなかなかそうではなくて。そういったオンラインショップも少なかったですし、無添加の食品を自分で選んで買うということが難しくて。逗子の自然食品店に1時間かけて行ったりとか、自分が食べたいものを探して手に取ることが難しかったから、それを私が持っているバックグラウンドのマグロでやりたいなって思って。
― 店舗としての「FISHSTAND」はいつから始められたんですか?
22年の11月からですね。オンラインショップメインで活動していたので、卸しているお店も少なくて。お店だとどこで買えるんですか?って聞かれることも多かったので、直営店を作りたいなと思うようになって。



― お店ではフィッシュ&チップスが頂けるんですよね。
そうなんです。お店をやるって決めてから、ここでこそ味わえるものを作ろうと思ってまぐろのフィッシュ&チップスを始めました。城ヶ島まで来てもらうのにハードルがあるじゃないですか(笑)。せっかく三浦半島の先端まで来てもらうなら、ここでしか食べられないものを提供しようと。

― 石橋さんから見て、三浦ってどういう町ですか?
三浦は葉山、鎌倉、逗子とかとは違ったコミュニティーなんですよ。こちらからしたら同じ三浦半島でも湘南側はキラキラしているし、文化があるというか。三浦はもっと昔ながらの古き良き漁港文化が色濃く残り、皆それが好き。水産業の方や農家さんも多くて、もっと泥臭い感じですね。

― 確かに、こちらのお店もここまで漁港が目の前だとは思っていませんでした。
そうなんですよ。私が移住してきたときは、この辺りには本当に何もなくて。カフェもないからお茶もできないし。文化施設もない。皆どうしてるの? みたいな。けれど、ここ7、8年、私たちが「FISHSTAND」を立ち上げてから、結構外の方が入ってきて色々なことを始められていて。移住してくれたりとか。都内の「按田餃子」さんとかも来てくださったり。ものすごい動きがあって。

― 石橋さんたちが新しいことに挑戦されたことが、新しい風を吹かせたのかもしれませんね。
夫が先代から社長を交代したのが、コロナのときだったんですけど、そのタイミングで世の中の常識とか社会的ないろんなものが変わったじゃないですか。もちろんうちの売り上げも一度全部止まったし。今のままじゃダメだから、新しいことをやってみようかって思えるような風潮になってきて。そこからだいぶ社内外の文化も変わってきました。
― 足元を見つめ直すことができたんですね。コロナ前の街の水産業は右肩上がりみたいな状況だったんでしょうか?
ずっと衰退傾向って言われていたんですよ。どこも寂しい話が多かったです。でも、私たちは色んな新しいこと、海外に出て行ったりとか、環境への取り組みやドッグフードの新規事業など色々なことをやっているので、全然衰退とも思っていないし、むしろめちゃくちゃビジネスチャンスの伸び代があると思っていて。まぐろって、既存業者でパイが埋まっているので、なかなか市場に新規参入できないんですよ。だから、その中でいかに次世代の人たちが新しい風を感じながら、世代や社会の雰囲気に合った物事をお客様に提案できるかというのはとても重要だと思っています。私が三崎の外から来たからこそ、三崎の良さが違う目線で分かるし、まぐろへの光の当て方も違っていると思います。

やっぱりまぐろ問屋として、主はまぐろの刺身を売ることなんですけど、元々私が小売事業を始める前も小売部門はあり、百貨店様のギフトカタログの産直発送卸がメインだったんです。それって、お中元とお歳暮期に注文の繁忙期が集中して。皆お正月に食べたい(笑)。だからそれ以外の時は低迷していて、二極集中型なんです。
― 確かにそうなってしまいますよね。
そうなるとスタッフって増やせないんですよね。だからFISHSTANDを始めたときのミッションとしては、売り上げをしっかり平準化するようなビジネスモデルを作るということがお題にありました。私たちの1つ上の世代の方だとお中元やお歳暮を送っていたと思うんですけど、私たちって送らないじゃないですか。その文化はおそらく変わっていく。けれど、ギフトを贈る文化は変わらないし、むしろ違う形で伸びる要素があると思うんです。そして、お中元とお歳暮に頼らないギフトの在り方をまぐろで表現するとしたら、刺身用まぐろとかではない、もっと違った形で気軽に食べられるようなものだと思ったんですよね。現在オンラインショップでは、お礼や内祝い、誕生日祝いや出産祝いなど様々なお贈り物でご注文いただくことが多いです。
― そういった考えから、今のような商品ラインナップが出来上がったんですね。今後「FISHSTAND」として取り組みたいことはなんですか?
本当にいろいろなお誘いをいただくことが多くて、それに一生懸命応えていくだけで一年があっという間に過ぎて行って(笑)。オンラインショップにも春夏秋冬とギフトシーズンが訪れるので、あっという間なんですよ。お正月が終わったらGWが目の前にあって、それを過ぎたらもう年末に目線がいっているので。やることがあり過ぎて盛りだくさんなんだけど、自分たちが本当にやりたいことや世界観を保つためには、本当に地道な積み重ねが必要だなと思います。

今やりたいこととしては、もう一つ店舗を作りたいなって思います。城ヶ島、夕陽とかのエモい雰囲気を撮りたい若者たちにバズってるらしくて。それは良いことなんですけど、もうちょっとこの島の魅力を、一過性ではない形で伝えられるようにしたいですよね。本当に良い島なので。島を一周すると、宇宙みたいな地層の空間が広がっていたりとか、高台から大海原が望めたりとか気持ちが良いんですよね。もっとここに来てもらえるようにお店を頑張ったり、知ってもらえないと来てもらえないので、今とはまた少し違う業態のお店をやりたいなと思ってます。




