『Hi-Wheelers』が描く
バイクカルチャーの新たな景色
Text:Chisa Shiohira Photo:Shin Hamada
「多角的な視点から自転車のカルチャーを立体的に捉え、紐解き、情報共有する」をコンセプトに掲げるプロジェクト『Hi-Wheelers(以下HW)』。これまでに発行してきた3冊のZINEを通してアートとバイクカルチャーの融合を図り、その多様性を探求してきた。アーティストたちの独自の視点や自由な表現を引き出すことで、単なる流行を越えた新たな視点を提供するこのZINEの発行人スズキマサヨシさんに、その制作の原動力や独自のアプローチについて伺った。
― 自転車に乗り始めたきっかけを教えてください。
Issue 3にも参加して下さった写真家の平野太呂さんは日本のピストバイクブームの火付け役ともいえる存在です。当時雑誌で彼の写真を目にしてバイクカルチャーというものを初めて意識しました。ピストバイクブームは2005年から2007年頃が最盛期で、2010年頃には少し落ち着いた印象がありますが、後を追うようにしてその世界を知り、次第に興味を持つようになっていきました。乗りはじめは遅かったのですが、当時からNJSフレーム※にパーツを組み合わせるスタイルに強く憧れていました。平野さんがその世界に夢中になっていく姿を見て、私たちの世代も大いに影響を受けていたんです。彼が主宰する『NO.12 GALLERY』で展示させてもらったことも私にとって大きな刺激になりましたね。
※日本自転車振興会。競輪で使用される自転車は全てNJSが定めた規格に準拠し認可を受けたもの。
― 自転車のどんなところに魅力を感じていますか。
自転車は私にとって大きな支えとなっています。過去には絵の仕事であまり納得できないものに携わることもありました。どんな仕事にも全力で取り組み、自分なりのアイデアを込めたいと考えながらも、行き詰まることもあります。そんな時は自転車で近所のスーパーに休憩しに行くんです。わずか200メートルほどの距離ですが、閉塞感が解消されるのを感じます。ただの散歩でも良いけれど、自分にとっては自転車がちょうどよかったんです。Issue 3の中でアーティストの高田光さんが自転車について「身体を拡張したもの」だと述べていますが、身体だけでなく精神的な広がりにもつながると実感しています。

― HWに参加しているアーティストの方々は各々のスタイルで自転車を楽しんでいて、ピストバイク以外にもかっこよく乗れる自転車がたくさんあるのだと気づかされました。
日本のバイクカルチャーはピストバイクブーム以降の文脈で語られることが多いですよね。それ以前にも当然歴史があるのにあまり注目されていないんです。特に日本ではピストバイクとBMX、スケートボードがファッションと結びついてユースカルチャーとして取り上げられてきました。もちろん当初はそれが新鮮で面白かったのですが、メディアが雑誌しかなく、多くの人がその情報だけを鵜呑みにして真に受けきてしまった。それから20年近く経った今でもその影響が色濃く残っていると思います。どんなものでもそうですが、流行が進むとバイアスがかかってきます。時にはファッションの一部として消費されてしまうこともある。もちろんそうやって洗練されていく過程には良い点もありますが、その一方で、少しの違和感や斬新なアイデアが見落とされてしまうことも多いです。その結果、テンプレートをなぞったような表現と価値観で溢れてしまう。それはつまらないなって。そもそも自転車は誰もが気軽に乗れるもの、という感覚が無いと虚飾のアクセサリーになってしまう。だからこそ自転車の持つ魅力を多方面から探りたいと考えました。
― そういった思いから「多角的な視点から自転車のカルチャーを立体的に捉え、紐解き、情報共有する」というHWのコンセプトが生まれたんですね。
HWはアーティストたちと共に制作するZINEです。私はアートは反駁であり、常に何かしらの提言をするものだと思っています。既存の流れに対して「こういう考え方もあり得るんじゃないか」と問いかける存在。だからHWでただ自転車を紹介することは自分にとっては意味が無いんです。大事にしているのは、自転車そのものを基軸にはするけれど、それに何か別の要素を掛け合わせて見せること。むしろ自転車はあまり関係なくてもいいです。活躍するアーティストの背景に実は自転車が存在していた、ぐらいの距離感で紹介すれば、読者が考える余白が生まれて、よりクリエイティブな読書体験になるのではないかなと。日本にそういうメディアが無かったので自分でやってみようと思ったんです。

― 海外にはそのようなメディアがあるんですか?
あります。例えばフランスの『ル・シクル』。おそらく世界で最も長く続いている自転車の冊子で、HWに大きな影響を与えたものの一つです。この冊子では主にロードバイクを紹介していますが、ミキスト、所謂ママチャリを販売するような、町の普通の自転車屋さんの広告も掲載しています。その編集長を務めていたのがイラストレーターのダニエル・ルブール。写真の技術がまだ発展していない時代に自転車や自転車のパーツをイラストで精密に描き出し、そのメカニズムを読者にわかりやすく伝えていました。ただ単に誌面を飾るだけでなく、実際に読者の役に立つイラストを描いていた彼の『ル・シクル』を見て、絵描きとして活動していた自分もそのようなメディアを作りたいと思いました。
― なぜ他のアーティストと共に制作することを選んだのですか?
自転車ブランド『SUNTOUR』の影響がとても大きいです。変速機に特化して最高の製品を作っていた前田工業が、各パーツに特化した中小企業の技術を結集して作り上げたブランドでした。日本のスプリンター、中野浩一さんが10連覇という前例のない記録を打ち立てた世界大会で使用していたトラックバイクも、このSUNTOUR製のコンポーネントで組まれていました。各分野のスペシャリストが集まって最高のものを生み出し戦うという姿勢がインディペンデントなアーティストたちと重なる部分があると感じました。もちろん資本力のあるアーティストの作品も素晴らしいですが、同じように素晴らしい才能を持ちながらインディペンデントで活動するアーティストはたくさんいます。だからこそHWではそういったアーティストたちと手を組み、これまで権威がやってこなかったことを提案するという姿勢で活動しています。大手の書店ではなく、こだわりを持った個人店にHWを置いてもらうことにも同様の意味を感じています。

― なぜ紙媒体にこだわり、リソプリントで制作しているのですか?
紙媒体の魅力は、何と言っても手元に残ることですよね。私が今70年代の『ル・シクル』を持っているのと同じように、HWも50年後に誰かに手に取られているといいなと思います。またリソグラフは印刷時にズレが生じたり、擦ると指が汚れたりするんです。それによって物理的な存在感が生まれていると思います。ズレや汚れは商業的には敬遠されることも多いので、HWではあえて取り入れたいという思いもありますね。
― 参加するアーティストの選び方や、彼らの魅力を引き出すために心がけていることはありますか?
単に自転車が好きというだけではなく、自転車の面白みを自由に解釈して自己表現できるアーティストとチームで制作するようにしています。そして自分はあくまでも編集者の立場なので、彼らの魅力を最大限引き出すことに注力したいです。アーティスト自体は増えていますが、オルタナティブな姿勢と美意識を伴ったキュレーターやギャラリストはまだまだ少ないように感じます。でもその役割はアーティストと同じくらい重要だと思っています。アーティストが面白いことをしたくても、応援してくれる人がいなければ難しい。商業的な側面に頼らざるを得ず、本当にやりたいことができなくなってしまうこともあります。そんなジレンマと戦いながら活動するアーティストたちのために彼らが自由に取り組めるメディアを作りたいなと。彼らの魅力を丁寧に引き出せたら、読者にとっても、アーティストにとっても良いと思うんです。

― メッセンジャーのYUKIさんのコラムを読み、彼女の環境問題に対する深い考察に触れ、HWの持つ視野の広さを感じました。こうした視点を持つコラムは意識的に掲載しているのでしょうか?
YUKIさんのコラムはHWのキーとなる存在だと思っています。YUKIさんをメッセンジャーとして取り上げてきたメディアはとても多いです。でも私がYUKIさんに惹かれたのはそれだけではなく、彼女自身の面白さなんです。YUKIさんがメッセンジャーとして優れているのは誰もが知っています。でも彼女の魅力はそれ以上にあって、正直、自転車の話をしなくても彼女自身の考え方や言論はとても興味深いものです。だからYUKIさんにコラムをお願いする時は「自転車のことはどうでもいいんで、好きに書いてほしい。伝えたいことがあれば、それを書いてください。」と伝えています。
― HWは自転車に詳しくない人も楽しめる内容だと感じます。そのような人に読んでもらうために意識していることはありますか?
自転車が好きな人もそうでない人も楽しめるように工夫しています。脚注でマニアックな内容に触れて自転車好きの期待に応える一方で、大田拓未さんの洗練されたデザインや、過去にあったユニークな本や資料のアーカイブを通じて誰でも楽しめる内容にしています。どんなに凝った本でも少しはふざけてないと物足りない。作って販売する以上、時間が経っても新しい発見があったり、また読み返したくなるような内容にしたい。それには情報の濃さと、ちょっとした遊び心が大切だと思っています。だからこそインタビューはあえて口語をそのまま活かして、NGも無しで、書き手と話し手の関係性が見えるような形にしています。たまに雑な文章が出てくることがあっても良いかなって。明確な筋道が無いからこそ可能性が広がり、その余白に目を向けて思考することで、新たな価値観を生み出すきっかけになると思っています。良くも悪くも自己責任。それがインディペンデントでやる醍醐味ですね。HWが良い暇つぶしになれば嬉しいです。




